染められたい草
赤、青、黄、紫と、鮮やかな色に染め上げられたい草たち。この1本1本を織り職人たちが丁寧に織り上げていくことで、華やかな柄のい草の敷物、通称、花ござができあがる。

では、このい草たちはどのようにして色が付けられていくのだろうか?そこには、汗を流し、丹念にい草を染め上げていく、”染め職人”たちの姿がある。

製品開発の裏にある“物語”を追う、シリーズ「繋がるものづくり」。今回は、い草の染め職人の方達の姿に焦点を当てます。

い草を“染める”

染めい
壮大な山々に囲まれる福岡県筑後市。この地でい草の染色を専門に行う「下川染め屋」は、50年以上の長きに渡り、地場産業の発展に貢献している。今回、下川染め屋の責任者を務める、染め職人の下川定さんにお話を伺った。

汗を流して

染色機
下川染め屋の1日の仕事は、前日に仕事場に持ち込まれたい草のチェックから始まる。

い草を決められた分量に小分けして、染め上げる色ごとに分けた後、染色機の前まで持っていく。い草の選別は職人の目が光る大事な工程だが、下川さんはい草の選別についてこう話す。

「い草を選別する際、見なくてはいけないところがいくつかあります。

まずは、い草の種類。種類によって水分の吸収が早いか遅いか、吸収する量が多いか少ないかが変わってきます。

あとはい草の粒の大きさ。粒の大きさによってい草の表面積も変わり色の濃度も変わってきますので、染料の調整が必要です。

それとい草が古いか新しいか。 古いい草はなるべく濃い色に染めて、新しいい草はなるべく薄い色に染めるという配慮が必要です」。


い草の選別について丁寧に説明をしてくださった下川さん。どのようにして、何を基準として、い草を見分けているのでしょうか?と言う質問に、下川さんは微笑みながら言った。

「そこは経験ですね。品種も変わってきているので、そのときそのときの状況を見ながらやっています」。

い草の染色は手染めと機械染めのいずれかに分けられるが、下川染め屋では約20年前から、全て機械染めでい草を染色している。

もうもうと湯気が立ち込めている巨大な染色機。この中にい草を投入して指定した色に染め上げていくが、この時の染色機の中の温度は約60度。蒸気の上がる機械の周りだけでも気温は40度〜50度までに上がるという。染め上げたい草の重量は、染め上げる前の3kgから9kgにまで上がるらしく、この仕事の過酷さが見てとれる。

「夏の忙しい時期は合計で40kg前後のい草を染め上げますので、滝のように汗が流れます」。

下川さんは冷静な表情でそう語った。

“職人”として

染められたい草を取り出す
下川さんは元々海洋測量士として働いており、26歳のときに創業者であるお父様からの勧めでこの仕事を始めたという。30年以上にわたり地場産業の最前線で活躍されてきた中、印象深い出来事はどんなことでしたか?という質問に下川さんはこう答えた。

「大きな出来事として一番印象に残っているのは、今から20年前、海外からい草が入ってきたことですね。今までにない品質の、色の付け方が違うい草でしたので、染め方から乾燥の仕方まで大きく刷新しました」。

遠くを見つめるような瞳に、その当時の苦労が滲む。続けて、下川さんはこう語る。

「ただ、今私のところに入ってきているい草は100%国産です。国内のものは国産品で作っていこうという考え方が強いものですから」。

やはり国産に対するこだわりは強いものがあるのだなと考えていると、下川さんはこう続けた。

「ただし、職人としては国産であっても海外産であっても、同じ植物でありますから何にでも染めないといけません。色のつくメカニズムを観察することも必要でしょう。

なのでなるべく国産のものがいいと言うより私の考えとしては、製品にならなかった、なれなかったい草を再生する、国産のい草の発展のためにも国産のい草を再生していい形で次の製品に持っていくと言う意味で、国産のい草を使って地域に貢献すると言う思いで、国産品を選んでいます」。


職人としての矜持(きょうじ)を感じる言葉だった。

自然界の一員として

い草の色が書かれた壁
どんない草であっても、染めて、製品化していく。下川さんの力強い言葉から、い草に対する深い愛情を感じた私は、次にこんな質問をした。下川さんにとって、い草とはどんな存在ですか?と。

下川さんはしばらく考えた後、こう語り出した。

「い草というのは、私としては植物として見ています。古代から人々が暮らしの中で使うものを作るための一つの道具であって、その中で豊かさを求めるためにこのように色をつけたのだと思います。

そのような歴史の中で、世の中の製品がほとんど無機製品になってきた現代において、い草は有機物として、直接体に触れる天然の素材として、唯一残っている素材だと思います」。


歴史にまで視野を広げた深い考察を語っていただいた。では、い草製品を使っていただく方たちにどのようなことをお伝えしたいですか?という質問に、下川さんは即座にこう答えてくれた。

「い草製品を使っていただく方々には、例えば寝ござだったら、自分は植物の上に寝ているんだというのを発見していただきたいです。直接植物を刈り取ったものを生活の中で使っているんだと、例えばアルプスの少女ハイジのように、草原の上で寝ている、唐草のベットの上で寝ていると言ったように。

そこから、私達人間も自然界の中で生きているんだというのを実感していただきたい。昔はこんな形で生活していたんだというのを振り返っていただいて、人間も自然界の一員なんだというのを感じていただきたいです」。


自分達人間も自然界の一員である。昨今のSDGsに通ずるような深いメッセージ性を、その言葉から感じられた。

語りかけていく

下川さんの横顔
最後に、30年間の長きに渡ってこの仕事を続けることができた理由について伺った。 下川さんは、微笑みながら言った。

「何とか染めて供給しないといけないという目先のことがほとんどでしたので、続けてきた理由と言うのは特別ないです。

ただ、人間として見た中で、地場で働く人たちの生きがいとか生き様を見られる、いろんな方に会える、ものづくりに携わる方の思いを十分に聞けるという点では、この仕事を続けてきてよかったと思います」。


職人としてだけでなく、一人の人間としての、この仕事への誇りを感じた。続けて、これからの未来についても語っていただいた。

「自然素材のものづくりに携わっている方達のいろいろな考え方を聞きますと、暮らしの中で生きてきたというものの中に振り返りながら、大切なものは何かということを、みなさんに感じてもらえるように、それを語りかけなくてはいけない。そしてそれは、品物を持って語りかけなくてはいけないということをおっしゃっていました。

なので私としても、品物を持って語りかけると言う形で、暮らしの歴史であり、文化であり、その良さでありと言ったものを、使っていただく方々に伝え、少しでも共感していただいて、また、い草という植物に対して、深い理解や考えを新たにしてもらうことができたらいいなと思います」。


冷静に語る言葉の中に、い草、ひいては日本文化に対する熱い思いと深い愛情が感じられた。
下川定さん

下川さんの、い草への深い愛と理解、文化継承への挑戦は、これからも続いていく。

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Tomohiro

地場の仕事に興味を持ち、イケヒコに入社。当初はい草の“い”の字も知らなかったが、今では2LDKの賃貸に置き畳とい草ラグを敷き詰めるほどのい草好き。もちろん布団の上には寝ござ。将来の目標は柴犬を飼うこと🐶