森のベンチ

聞く力が大事と言われて久しいけれど・・・

巷で「聞く力が大事」と言われるようになったのは、いつの頃からだろう。最近では猫も杓子(しゃくし)も右も左も、偉い人も普通の人も「聞く力!聞く力!」ばかり。

こういう時代の空気感って、その渦中にいる間は案外気がつかず誰かに言われて初めて気付かされるものだからどうしようもない。こういう時に居てほしいのが、周囲に漂う微妙な空気感に「それは違う!」と声を上げてくれる人なんだけど、現実はそうもいかない。

臨床心理士の東畑開人さんの著書「聞く技術 聞いてもらう技術」は、そんな社会になんとな〜く漂っているビミョーな空気感にハッと気づかせてくれる、とても示唆的な本だった。
聞く技術 聞いてもらう技術
さすが臨床心理士!って言い方が正しいのかどうか分からないけれど、読んでいる間、実際にカウンセリングを受けているかのような感覚を抱いた。自分の思い込みとか固定観念とか、社会にはびこっている暗黙の了解とかを「それは違うんじゃないの?」とやさしく解きほぐしてくれるような、そんな感覚。

「それは違う!」と声を上げるわけではないけれど、こういう人がそばにいて欲しいと思わずにいられない、やさしい本だった。

聞くと聞いてもらうの循環

東畑さんがこの本で示されている主張は、至ってシンプルだ。

(話を)聞くことと、聞いてもらうこと。この循環が社会をより良いものにしていく
と。

聞く力」だけでなく「聞いてもらう力」も大事だ。今は「話を聞くこと」だけに重きが置かれていて、「話を聞いてもらうこと」がなおざりにされている。
と。

その主張をベースとして、この本ではさまざまな「話を聞いてもらうための技術」が紹介されている。「隣の席に座ろう」「一緒に帰ろう」「ワケありげな顔をしよう」「黒いマスクをしてみよう」など。

一見すると「かまってちゃん」と言われるような態度・行動であっても、その根底にある東畑さんの「聞いてもらうこと」への思いが、その技術に深みを持たせている。

かと言って、東畑さんは「聞く力」を真っ向から否定するわけではない。書名にある通り「話を聞くための技術」も数多く紹介されている。「眉毛にしゃべらせよう」「沈黙に強くなろう」「7色の相槌」「奥義オウム返し」など、どれもプロの臨床心理士としての経験から生み出された、確かな技術ばかりだ。

東畑さんはそれらの技術を謙遜して「小手先」と呼んでいるが、どの「小手先」も今日から試したくなる・試すことができるシンプルなものでありながら、知的好奇心がくすぐられる奥深いものばかりだった。

苦しくなったら声を上げてみる

The Beatlesは、代表曲の「HELP!」の中で、思いっきり、シンプルに、こう叫んでいる。

HELP!
(助けて!)

「聞く力」。誰かの話を聞いてあげることも、もちろん大事だろう。だが、「聞いてもらう力」。誰かに話を聞いてもらうことも、聞く以上に大事なことだ。いつ、自分が誰かに「助けて!」と言うことになるか、「誰かに助けてほしいと言うことになるなんて、思ってもいなかった」と言うことになるか分からないから。

「話聞こうか?」「話聞いてくれる?」。どちらでもいい。そこから始まる会話の時間こそが、私たちの心を豊かにし、引いては社会全体を豊かにしてくれるものだと信じたい。

And I do appreciate you being round
(君がそばにいてくれて感謝しているよ)

Lennon-McCartneyの美しいハーモニーは、そんな感謝の気持ちを歌っている。 「聞く」と「聞いてもらう」どちらでもいい。まずは自分から、小さな一歩を踏み出してみようと思う。
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Tomohiro

地場の仕事に興味を持ち、イケヒコに入社。当初はい草の“い”の字も知らなかったが、今では2LDKの賃貸に置き畳とい草ラグを敷き詰めるほどのい草好き。もちろん布団の上には寝ござ。将来の目標は柴犬を飼うこと🐶